ビルの屋上で天色はいつものメンバーと一緒に夕日を見ていた。カラオケ店がビルの中にあり、屋上にも出ると知ると男のメンバーがこぞって見に行こうと提案したのだ。それぞれ夕日を見ながら、下手くそな口笛を吹いたり、写真に撮ったり、ある者はスケッチをしていた。夕日メインに風景をスケッチする。強い風が吹く。
辻が描いていたスケッチブックがビルから落ちる。
天色が拾いに行くと言い、ビルから下りる。スケッチブックが落ちた場所まで下ると、一人の男がスケッチブックの汚れを叩いていたのを見た。その男には見覚えがあった。
「あ…」
思い出した瞬間に声を思わず漏らす。
男は声に反応してこちらを向いて、嬉しそうに笑みを浮かべて手を振ってきた。
「天色君じゃないか!元気だったかい?」
「ええ、竹田さんも元気でしたか?」
天色は拾った人間が知っている人間だったことに安心するが、少し見回して“あいつ”がいないか確かめる。初めて会った時は彼と一緒に行動していたのだ。どうやら“あいつ”はいないらしい。
男にスケッチブックを落したことを説明すると素直に渡してくれた。
天色はほっとスケッチブックを両手で抱える。これは自分の物ではないが、とても大切なものなのだ。
「相変わらず天色君は危なっかしいな。でも前に会った時よりも……こう……生き生きしている」
「そうですか?」
「うん。前にセミさんは君の事をぎくしゃくしているって言っていたけど、たぶん今はそんなにぎくしゃくしていないかもしれない」
どういうことなのだろうと天色が聞き返そうと思ったが、後ろから聞こえた男を呼ぶ声で止めてしまった。
天色が振り向くと、後ろから制服姿の女子高生がこちらに走ってきた。どうやら竹田の彼女らしい。
天色はスケッチブックを拾ってくれたお礼を再度言い立ち去ろうとしたが、竹田が手を掴み引き止めた。
天色は触れられたことにびくりと身を震わせるが、竹田は天色が痛がったと思ったのだろう、謝って手を放す。
「なあ、君とはまた……いや、なんでもない。早く友達のところに戻りなよ。待たせているんだろう?」
天色は男が言いかけたことを聞きかけるが止めた。ぺこりと会釈をし、ビルに戻る。
女子高生とすれ違った一瞬に口笛が聞こえた気がした。
0コメント