シーマスは月面を調査するために作られた兎の形をしたロボットである。シーマスを作ったミョウガヤ博士はシーマスに月の調査をさせ、本を作るように言った。シーマスの体内には月の砂で本が作られる機能が備わっている。月の調査が終わったら本を作るのがシーマスの仕事だ。
今日もシーマスは月を歩き回り、地形の違いや石を見つけてはそこから何が起きて今に至るのか考える。月面はクレーターばかりの白い地面ばかりではあるが、シーマスにとっては一つとして同じ場所はない。
こつんと足に何かが当たった。足元を見ると、日頃多く見る石ではない。手に取り、詳しく調べる。しかし、シーマスに内臓されているデータベースに該当するデータはない。物質としても不思議なものだが、何より形状が特殊だ。シーマスの知識ではわからないので助っ人に聞くことにした。ぴょんと跳ねて、空中に目を向ける。
「博士!ハーカセ!」
シーマスが呼ぶと、シーマスの視界のやや上の方に妖精が現れた。
それはシーマスを作った博士の少女時代の姿を模していて、シーマスにしか見えない立体映像として浮かび上がる。シーマスなどの自立活動型人工知能に一定以上の知識と経験を与えないようにするために作られた“ヨン”シリーズの疑似人格である。
「ハーイ!なあにシーマス?」
コミカルにデザインされた妖精はシーマスの周りを飛び、シーマスの肩に座った。
「博士、これなんだけど、解る?」
シーマスは右手に持った物質を妖精に見せる。いつもはすぐに教えてくれるが、今日は違った。
「……なにこれ」
妖精は絶句した。シーマスが持っているものは少女の顔をしている仮面のようなものだった。眠りについているような安心しているような、苦悶とは離れた表情をしている。こんな芸術品らしきものがあることに驚いたが、何よりもこれが何で出来ているか解らなかった。
「解らないわ……」
シーマスは驚いて少し跳ねた。
「ええ!博士も解らない!?」
シーマスにとって妖精は教えれくれる先生であり、知らないことはないと思っていたので驚きを隠せなかった。
「わ、私だってすべてを知っているわけじゃないわ」
妖精はむくれてシーマスにでこぴんをした。ただの立体映像なのでシーマスには何のダメージもないが、条件反射であいたたと当たった所を手で押さえた。
「知らないんじゃ、本に描くとき困るね。どうしよう」
シーマスは腕組みをし、考える。しかし、考えても考えてもアイディアが思い浮かばない。このままだとシーマスの頭から湯気が出て来そうな状態なので、妖精の役目らしく助言をすることにした。シーマスの肩から降り、目線ほどの位置に浮かんだ。
「じゃあシーマス。絵を描きましょう」
きょとんとシーマスは首を傾げる。
「絵?」
妖精はえっへんと言うように胸を張り、シーマスに教える。
「言葉では情報が伝えられないときには、絵を描くべきよ!」
「……写真じゃ駄目なのかい?」
「駄目ね!もちろん写真があるほうがいいわ。でもね、シーマス。写真を取るだけではシーマスは楽しい?」
「……楽しいとかはないかも……」
「そうでしょ!だから描くの!」
妖精は高揚して、両手を広げて主張する。シーマスには絵を描いたことがないが、絵を描くことはそんなにも楽しいことなのだろうか。絵を描く技術はシーマスに備わっているが、問題がある。
「でもさ、博士。ここには筆記用具とかがないよ」
紙はシーマス自身が月の砂で作れるが、筆記用具は内臓されていないので描くことはできない。
妖精はキザっぽく指を横に振り、もう片方の手で下を指さした。
「シーマス。紙に描くのが絵じゃないわよ」
シーマスもようやく気が付いた。
「あ!地面だね!」
解決したかと思いきや、そうはいかなかった。
「シーマスって、その……芸術的なものを描くのね……」
確かにシーマスに絵を描くように薦めたのは妖精である。シーマスが描く不思議な少女の楽しそうに描くシーマスを見ると、もうどうでもよくなって来た。
シーマスが描き終った後、地面を画像として記録し、シーマスは歩き出した。
今日もシーマスは月を歩き回り、誰に見せるとも解らぬ本を作るために調査し続けるのである。
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