伊佐は気が付いたら空を見ていた。何故空が見えるかと疑問が浮かぶがすぐに解った。自分は寝ていて、なにか固い板の様なところで寝ている。額と、首、手首足首には何か生ぬるい何かが当たっている。ぼうと意識が覚醒出来ていないが、起き上がり生ぬるい者を確認すると濡れたタオルだったり、ミネラルウォーターだったりが伊佐の身体に当てられていた。後ろも見ると、丁度頭が置かれていたところには鞄にジャケットが畳まれたものが掛けられていて、即席の枕があった。自分が寝かされていたのはベンチだった。
あたりを見回すとここが公園であることが分かった。時計を確認すると時刻は昼を過ぎている。この時間のせいか、この暑さのせいなのか人は少ない、少ないどころか人が居ない。
伊佐は何故自分がここに寝かされているのか振り返る。
確か今日はこれから資産家の杜名賀家に行く予定で、向かっていたはずだ。向かう途中、車がパンクをしてしまい、千条が修理をしている間にあたりをぶらついていた。しばらくしていると、なんだか意識がぼうとした。意識が途切れる前に遠くから千条が声を掛けてきたのは覚えている。
「熱中症で気絶でもしたのか」
自身の状態を見る限り、恐らくは千条が自分を介抱したのだろう。彼は今この場にはいないが、伊佐が倒れたことを本部に連絡でも入れているのだろう。まだ頭がすっきりしないが、このまま帰ることは出来ないだろう。伊佐も帰るつもりはない。
「起きたのかい?」
声が聞こえた方を向くと、千条が歩いてきた。
千条が再び買ってきたミネラルウォーターのボトルを開けて、伊佐に渡す。
千条は伊佐が熱中症を起こしたので介抱していたと説明してくれた。
「意識が戻ってきたようでよかった。このまま杜名賀家に行きたいところだけど、ちょっと病院に寄って行かないといけない。僕がいくらある程度の介抱や医療の知識があっても、医者の診断がないと安心して連れていけないからね」
「そうか、向こうには、杜名賀家には連絡をしたのか?」
「いいや、このまま病院に行っても予定には間に合うから、していないよ。ただ、釘斗博士には連絡したよ」
病院で診てもらい、再び杜名賀家に向かう。
車は窓を開けて、熱風を追い出してからクーラーで冷風を入れて、とことん車内を冷やす。
「伊佐、何か体調に変化があったらすぐに言ってね。自己申告は大切だよ」
「そうだな、あんまりクーラーをつけすぎるのもよくないと思うぞ」
伊佐は苦笑いをして窓の外を眺める。車の中は冷風で寒すぎるほどガンガンに冷えている。
「それじゃあ、少し外に出ようか」
「暑かったり寒かったり忙しいな」
「クーラーがもしかして調子がおかしいみたいでね。細かい温度調節が出来ないみたいなんだ」
伊佐はぐったりと空を仰ぐ。
「この車も買い替えか」
「杜名賀家の調査が終わったらね」
クーラーがあまりにも冷えすぎているので、窓を開けて涼むはずだったが、入ってくる風は熱風ばかり。
定期的に水分と塩飴で熱中症対策を取っても、気持ちでは涼しさは全くない。熱中症とまではいかないが気持ちとして熱さに耐えられず、伊佐は軽く項垂れ、控えめの挙手をする。
「千条、一つ自己申告していいか」
「なんだい?」
「自販機を見つけたら停めてくれ。冷たい飲み物が欲しい」
千条はすぐに周りの道路を見る。
「自販機はないけど、アイスクリーム屋さんがあるよ」
冷たい飲み物は無いが、冷たい物が口に入ればなんでもいいと言うくらい暑さに苦しんでいたので、アイスクリーム屋に行くことになった。
駐車場に車を停める。二人は車から出て、伊佐がふと隣の車を見た。見知った女子高生が今まさに助手席に乗ろうとしていた。女子高生も伊佐の視線に気づいて開けかけの扉を閉める。
「あ」
伊佐と女子高生 が同時に言う。
女子高生が伊佐と千条の元に周ってきた。
この女子高生は以前伊佐と千条がシャンプーを買いに行った店の店主なのだ。彼女はお辞儀をして挨拶をしてきた。
「この間はどうも。ああそうだ、あのシャンプーまた入ってきたんですよ。一つ取り置きしましょうか?」
「ああ頼む」
伊佐の後ろから千条がにゅっと出てくる。
「おや、貴女もアイスを食べに来たんですか?」
「ああ、私はこっちの…まあ、半分手伝いです。伊佐さんと千条さんもここのアイスを食べに?」
「壊れたクーラー代わりとしてな」
「壊れた…」
ふむと女子高生は車のボンネットを見る。
「ちょっと今知り合いの車修理師がいるんですが、よかったら見てもらいましょうか?どこが悪いのか分かれば近くのカーショップで見てもらえますし」
女子高生にしては顔の広さに驚いたが、二人は車を見てもらうことにした。彼女は携帯電話を取り出して知り合いの修理師を呼ぶ。修理師が来ると、千条が車の状態を細かく説明しだした。
残された伊佐は一人だけアイスクリーム屋に行くわけにもいかないので、アイスクリーム屋のパラソルが差す外席で待っていることにした。
****
しばらくして、説明を終えた千条が追ってきた。
「クーラーの故障の原因が解りそうだって。僕らがアイスを食べている間には終わるって」
「随分早いな」
「凄腕って言っていたよ」
「ほう」
「ただ、車は直したあと静電気が活発になるとかで、扉を触った時びりっとくるかもって 」
伊佐は機械のことは解らないので理屈は理解できなかったが、少なくともクーラーが直ると解り喜んだ。
二人はいざアイスクリーム屋に行く。
アイスクリーム屋は一般的な店とは異なっていた。可愛らしく描かれてはいるものの、看板に十字架やピエロが飾られており、まるでお化け屋敷のようだがファンシーなデザインによって怖さはない。
「伊佐はどのアイスにするんだい?」
「俺はそうだな…」
アイスのケースをじっと見て選ぶ。
修理者が自分たちがアイスを食べている間に終わると言ったのも納得がいった。アイスのレパートリーは多いのだ。有名チェーン店よりも多いかも知れない。味も王道のバニラもあれば、ドラゴンフルーツなどの珍しい果物を使ったものもある。アイスのショーケースを眺めるだけでも結構な時間が過ぎてしまいそうだ。
「どれも美味しそうだな。困ったな」
「それなら“おすすめはなんですか”だね。居酒屋の時、隣のお客さんがそう言っていたのを記憶しているよ」
二人よりも先に注文をしていたお客が言っていたのだ。
「ああ、そんなこと言っていたっけな」
店員にお勧めを尋ねると、チョコレートミントがおすすめだと答えてくれた。 二人は素直にチョコレートミントにすることにした。
「ここの社長も変わっているな。アイスを作るところの定番の商品と言えばチョコレートやバニラとかが多くないか?」
「そうでもないよ。伊佐は知っているかな?抹茶アイスだけで売り出しているアイスの会社もあるし、二種類のアイスを合わせたアイスを売っている会社だってあるんだよ」
伊佐は少し目を見開く。千条の知識の幅広さにも驚いたのだ。
「また雑誌で得た知識か?」
「それもあるけど、さっき車の説明をしている時、伊佐が来る前に会った人に教えてもらったのさ」
「ほう」
少しそのアイス知識を教えてくれた人物に興味が湧いた。
「アイスのことはなんでも知っているってくらい沢山教えてくれたよ」
「まるでアイスの妖精だな」
「妖精というよりは“魔法使い”に見えたよ。本人もそう名乗っていた」
「なんだそれ、変な奴だな」
「そういえばその“アイスの魔法使い”はペパーミントの肌をしていたよ。このアイスそっくり」
伊佐の頭に雪だるまの形をしたおばけが思い浮かんだ。
伊佐は冬で買った服のデザイナーがここのデザインを手掛けているだぞなんて雑談もしつつアイスを食べ終える。
千条はまだ残っている。食べる速度はそれほど違いはない。ゆっくり味わっているのだろうか。
「アイスクリームは食べるのが俺より遅いんだな」
「違うよ。融けたところを優先的に食べているだけだよ」
良く見えると融けたアイスで手がべとべとになった伊佐に対して、千条の手は全く汚れてもいない上、コーンもアイスが滴ることなく綺麗に上から無くなっている。
「不思議だね。冷たいという間隔は感情の表現ではあまり快くない印象を与えるけども、今は心地良い。冷たいのもいいと思うんだ」
冷たいアイスを食べているのに、楽しそうに紅潮していた。
****
アイスを食べ終え、車の様子を見に行くと修理者と女子高生はまだいた。車の修理は伊佐たちが食べ終える頃には終わると言っていたが、まだ修理をしているようだ。
修理者は伊佐たちが来ると、驚いた様な顔で迎えた。
「ちょっと!来るの早すぎですって」
「おや?僕らがアイスを食べ終える頃には終わって言っていましたよね?」
困惑する修理者に伊佐が詫びを入れる。
「ああ、すまない。こいつには冗談が通じないんだ」
「冗談では言ったけど、待たせてしまうのは申し訳ないわね」
「またアイスを食べようか?」
千条の提案に伊佐が止める。
「お腹を壊すぞ」
「どうせならさっきのアイスの魔法使いが言っていたお薦めを食べようかと思っていたんだけど…、そうだね、伊佐がこれ以上体調を崩してたら困るしね」
「アイスの魔法使い?」
修理者が首を傾げる。
「君らと一緒にいたじゃないか。ピエロの扮装をしていて、アイスに詳しい人が」
女子高生と修理者はお互いを見る。
「そんな人いなかったわ」
「……たしか…側にはいなかったはずよ?」
「………」
千条が会っていたのがペイパーカットだったのか、それとも別の何かだったのか。 先程千条が話していたのを伊佐は思い出す。
「おばけ…」
この後クーラーは治ったのだが、クーラーが無くても充分冷えたので、使うことが無かった。
熱中症の応急処置はこちらサイトを参考にしました。
夏はまだまだ暑くなると思われますので、皆様も熱中症にはお気を付け下さい。
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