彼女と会うのはいつも非現実的な場所。
目を開くと辺りは真っ白な空間。空も床も真っ白でここが部屋なのか、それとも雪原なのかもわからない。雪原ならば寒いはずだが、寒くもなく暑くもない。
「伊佐さん」
振り向くと彼女がいた。かつて伊佐が警官だったこころに警護を担当していたその対象。
伊佐は今回はここが夢の中だと確信する。
警護していた時、彼女に関する情報はほぼ与えられてない。伊佐が知っているのは彼女の弟の名だけ。
「なあ、いい加減教えてくれないか。貴女の名前を」
あの時と同じように彼女は小悪魔的な笑みを浮かべて
「教えてあげない」
とはぐらかすのだ。
彼女はどこからか出てきたテーブルと椅子の元へ歩き、椅子に座る。右手でもう一つの椅子を指して伊佐にも座るように促す。
「せっかく会えたんだから素直に喜びましょうよ、ね?」
「そうだな」
彼女はテーブルに置かれたティーセットを慣れた手つきで準備していく。警護していた時も飲んでいた紅茶と同じものなのだろう。
「どうぞ伊佐さん。ミルクも砂糖も入れてないけど、欲しい?」
にこにこと笑いながら紅茶を差し出した。
「ああ、ありがとう」
礼を言って紅茶を頂く。これもまた彼女のこだわりで、シャンプーが売られていた雑貨電でしか取り扱っていない商品だったはずだ。味も伊佐の記憶とまったく同じものだ。
「この紅茶はいつ飲んでも美味しい」
「ええ、伊佐さんにも飲んでもらえてうれしいわ」
伊佐は紅茶を飲んで先日のことを思い出す。
「そうだ、聞いてくれ。千条があのシャンプーをまた使いたいって言ってきたんだ」
「あら、あの子あんな感じでも気に入ってくれたのね」
彼女は楽しそうに瞼を伏せて首を微かに傾げる。目を開くと、悲しそうな目つきに変わった。
「残念だわ、もう時間なのね」
視界が一気に下に下がる。え、伊佐が目を丸くする。
伊佐の足元がどぷんと音を立てて並み立つ。下を向くと同時に体が落ちる。落ちた中は水中だ。
「………――!!!」
彼女の名を呼ぼうとするが、知らないのだ。呼べない。呼べない。
彼女はまだ地上にいるのか、水の中にはいない。
見えないが声は聞こえる。
「ここも所詮は水槽の中の出来事なのよ。現実じゃない」
声は水が書き乱れる音でどんどん聞こえなくなっていく。
「また会いましょう。現実では会えないところで」
ひとこと。
そろそろ弟をログインさせないと姉から怒られそうである。
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