手向け

 竜が死んだ。

 遠くにいる竜の死を感じた。この力、間違いないロミアザルスにいるあいつだ。一体何故。

 荒野の竜は鳴いた。

 この世界にいる竜は世界に七匹存在している。正確には“いた”である。天候でさえいともたやすく操る力を持ち、全人類の知識をはるかに超える知性をもった、まさに全知全能の生き物だ。

 その竜が死んだのだ。

それも、何者かによって刺殺されたのだ。

 ロミアザルスにいた竜が殺されて幾ばくか経った。荒野にいる竜は空を飛び、下界を見下ろしていた。

 下には三人の人間がいる。大柄な男と、仮面を付けた奇妙な男、前者の二人と同じくらいの年かと思われる女性の組だ。三人が何を話しているのかは遙か上空でも聞こえた。

 聞けば、先日殺された竜の事件を調べているらしい。……。

 竜を殺す力を持つのは竜しかいない。ならば、竜に殺されたとすればいいと言えば、仮面の男は否定し、あの竜が人間のことを好きで接触しすぎたから殺されたと仮面の男自ら言えば、自ら否定した。人間がおぞましい生き物であることを認めつつも、否定もしている。

“人間はおぞましい生き物ではないというのか”

 仮面の男は腕に、死に至る紋章が刻まれていた。刻まれた腕ごと消し飛ばす。それがおぞましいもののひとつならば消せばいい。それだけだ。

 大柄の男がおぞましいものを消す手段としては強引だと言うが、果たして殺された竜はそれが言えたのか。……あやつは恐らく声も上げなかっただろう。

 仮面の男は、竜が殺された方法を解き明かし、必ず知らせに来ると言ってきた。

 仮面の男は謎を解けることを誓い、荒野の竜は三人の元から去った。

 またしばらくして、あの仮面の男がやってきた。

 誓いの通り、謎を聞いた。それから、あることを交渉された。

 死体の入れ替わりだ。これでここにいた竜は実は死んでいないことにするつもりだとか。人間の都合は知らないが、竜はこの交渉を受け入れた。

 役目の為に待つ合間、考えていた。

 ここであやつは人と交流していたのだろう……。

 いよいよ役目は果たす時が来た。

 何もしてやれなかった友への手向けだ。

 愛しき子と、憎き人へ。

“―この愚か者どもが!”

0コメント

  • 1000 / 1000