概要。サーカムコンビが居酒屋に行く。
千条は自らは外出することはない。伊佐が外出するときに連れていってもらう以外では出歩くことがない。少なくとも伊佐が知る限りの千条なので、昔は出歩くこともあったであろう。
特別決まりではないが、仕事が早めに終わるとき伊佐は千条を誘って出掛けることが多くなった。伊佐も自ら出掛けることが少ないが、千条に比べれば随分と出掛けているに入っているだろう。
出掛ける時千条を誘うことに意味はあまりない。強いて言えば、千条の驚く顔みたさもある。向かう先々の体験が今の千条にとっては初めてであることが多く、あまり感情表現が豊かではない千条が珍しく指示されずに出す顔なのだ。
「……で、今日はどこに行くのかい?」
車を運転しながら千条は助手席の伊佐に尋ねる。
「そうだな、まずはお前の家に言ってくれ」
「おや、僕の家でパーティーでも開くのかい?」
「いや、車を置いて欲しいんだ。置いてから移動しないと誰もその車を使えないからな」
千条は首を傾げる。
「運転手に飲酒運転なんてさせられないからな」
「となると、僕らはこれから酒を呑むということだね」
「そういうことだ。居酒屋に行くとしよう」
「それなら僕から提案があるよ。車でそのまま居酒屋に行くのさ。今の時間なら車を近隣に止めるのは楽だからね。帰りはタクシーで僕の車を運転してもらえばいいのさ。もしくは運転してもいいくらいの時間まで待機してから帰るというのも可能だよ」
「そんなんじゃ、お前が帰れるまで俺が帰れない。タクシーで帰ってからアルコールの成分を分解させろ」
「分かったよ」
千条は車を居酒屋の専用駐車場に停め、伊佐が案内する居酒屋に向かった。
居酒屋は薄暗く、やや細い道の中にずらずらと何件もある。
さらに別の道にはナオンの看板があり、派手な服を着た女が中年と一緒に店に入る。
千条が別の道を見ていたことに気づいた伊佐は慌てて千条の袖を引き目的の店に案内する。
二人が入る居酒屋は世間一般で言われる居酒屋をそのまま体現したようなものだった。
店にはいると先客が何人かおり、ひとりの客が拍手しながら歓迎した。いっぱい体に悪いものを食べないと行けないぞー!と言ってきて、伊佐は苦笑いしつつ了解ですと受け流す。
二人は席に腰掛け、壁に掛けられたメニューを見ながら何を食べるか相談する。
千条がメニュー全てを記憶するのは十秒とかからなかった。覚えると同時にカロリー計算もし、うーんと唸った。
「脂質が多いものばかりだね。こればっかり食べていたら伊佐は太ってしまうから、ここに通うのは推奨しないよ」
店主にも聞こえることを全く配慮しない音量で言うものだから、伊佐は店主に会釈しつつ軽く千条を叩く。
「いつも行くわけじゃないさ。俺だって、あんまり脂っこいのは食べられない」
「でも、ここはちょっと体に悪いものを食べないと行けない、ですよね?」
と、隣の中年に先ほど言われたことを確認する。
男は口にまだ物が残っているのか、もぐもくさせながら頷く。
男の反応を確認すると、千条は伊佐に向き直す。
「そういえば」
千条が鞄から封筒を取り出し、伊佐に渡す。
伊佐は受け取り中身を見る。中身は現金だ。この金額には見覚えがある。先日千条の服を買いに言ったときに伊佐が支払った金額なのだ。
千条に気づかれないように支払ったというのに、どうしてばれたのか。
「種も仕掛けもありません」
伊佐の財布から領収証が見えていた。
0コメント