フォロワー様のツイが元ネタです。
すんと伊佐は何か覚えのある匂いを感じた。香った要因は想像がついた。今しがたすれ違った千条から香ったのだ。
千条から何か匂いを発するというと言葉は奇妙だが、彼はあまり匂いが出る様な物を使わない。基本的に無臭のものばかり。シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、このあたりのものですら匂いがほとんどないのだ。彼は香水を使うことはありえないに等しい。
何故だろう。伊佐は無性に気になった。千条の個性という個性があのチップによって失われている所があるのに、昔の記憶でも蘇ったのだろうか。
伊佐は千条を追いかけた。
千条は伊佐とすれ違った後、雑誌が置いてある休憩室へ向かっていた。千条が入るのに続いて伊佐も部屋に入る。
千条は伊佐が来たことに既に気付いていたのか、自販機でコーヒーを二つ買い、「はい、伊佐」と手渡してきた。
「付いて来てって僕は言わなかったけど、伊佐が来てくれて助かるよ。伊佐なら分かるかな?」
千条は雑誌を一冊取り出し、ページを捲る。
「そうそう、ここ」
千条が伊佐に尋ねる。
「ねえ伊佐。これって近くで売っている所を知っているかい?」
千条が雑誌に載っている商品を指す。
この商品には見覚えがあった。
***
警護している女性はお馴染みの”ちょっとしたお願い”をしてくる。
「ねえ、伊佐さんこれが売られているところをご存知かしら?」
彼女は少しマイナーな女性向け雑誌の広告ページの小さい項目を差した。
「これが近くで買えたら買ってきて欲しいのよ」
彼女のお願いというのは至って普通であって普通ではない。これまでお願いされたものを上げると、開店時間が変則的なお店の紅茶、トリスタンという若者が多く入る店での裏メニュー(ある店員に言えば購入可能である)、デザイナーの女子高生が運営する雑貨店の櫛、ジンクスを売る店のジンクスカードというものあった。
買いに行くのは警護の仕事ではないので、警護の時間以外で買いに行っていた。警護したあとの時間も衣食住の買い物以外で娯楽というのがないので、時間は余っていた。
「こんなの私に頼まなくても買うことは出来るでしょうに」
伊佐はつい愚痴に近いことを言ってしまう。彼女は不機嫌になるどころかくすくす笑いだした。
「後で解るわよ」
****
「……千条はこのシャンプーのことどこで知った?」
時折伊佐は思うとこがある。千条は本当は生前の記憶を持っているのではないのかと。
「どこでって、ここページからだよ」
千条はページをとんとんと指す。
「いい匂いだなって思ったんだ」
***
千条が欲しがっていたシャンプーは前と同じ店でも売られていた。
店主は以前来た伊佐のことを覚えているのか、彼を見るとすぐさま目的のシャンプーを取ってきてくれた。
シャンプーはさしてきつい匂いではないの伊佐たちのところまで香ってきて、伊佐はすぐにあのシャンプーだと気づいた。
「揃って同じものが好きなのね」
店主は雑貨屋を営む女子高生である。
「前と変わらずいい匂いだな」
「あなた好みでしょ?」
他の商品を見ていた千条がやってくる。
「いいや、彼好みさ」
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